【第1話】モスキートゲート(創作ストーリー)

目次

モスキートゲートが生まれた日

西暦2026年3月。俺が住んでいた街は、無数の巨大な蚊の襲撃によって滅ぼされた。

突如、空に現れた巨大な黒い穴。

直径10mはあろうかというその穴は、ブラックホールのように真っ暗で中の様子を伺うことはできない。輪郭は歪んで見え、近づくだけで禍々しさを感じる。その薄気味悪い穴から、軽自動車ほどのサイズはあろうかという蚊が無数に進行してきた。

蚊たちは、またたく間に人々を蹂躙していった。

100mオリンピック金メダリストも勝負にならないスピードで縦横無尽に空を飛び回り、体は鉄のように硬く、普通の拳銃では大したダメージを与えられない。

さらに鍛え抜かれた屈強な軍人でさえ、容易にねじ伏せる力を持っている。飛行能力だけではなく、単純な戦闘能力でも蚊が人間を圧倒していた。

人間にとっては、まさに手がつけられない生物だった。

運悪く出会ってしまえば、子連れのヒグマと”にらめっこの距離”で遭遇してしまうよりも生還率は低い。長らく食物連鎖の頂点にいた人間にとっては”死の象徴”ともいえる存在だった。

初めに黒いゲートの出現が確認されたのは日本。それから全世界で出現が確認されるようになった。世界中の人たちが、いつ我が身に襲いかかるか分からない死の恐怖に晒されることになった。

人々は、空に現れた巨大な黒い穴を”モスキートゲート”と呼び、恐怖の対象として認識していった。

どの国もモスキートゲートの対応に追われ、経済は大混乱。当初は自衛隊が出動し、なんとか事態を収めていたのだが……徐々に隊員は疲弊していき、蚊の軍勢に押され始めた。

「モスキートゲートを破壊すればいい」とミサイルで攻撃を仕掛けるもののゲートはびくともせず。人類が保有しているありとあらゆる武器を使っても、モスキートゲートを破壊することはできなかった。

特に有効な手立てもないままジリジリと人類は滅亡へと追い込まれていった。

この状況をどうにかしなければ、人類が滅びてしまう。しかし状況を打破するためには、人類はあまりにモスキートゲートに対して無知であった。

なぜゲートが現れるのか。なぜゲートから巨大な蚊が現れるのか。どうしたらゲートを消滅させられるのか。

それらを解明しないことには、人類に未来はない。モスキートゲートの仕組みや構造を解明しようと、世界各国で調査が進められた。当然日本も例外ではなく、多くの自衛隊員と研究者が投入されゲートの調査が行われた。

しかし、調査は困難を極めた。蚊が出入りするゲートなのだから、当然襲撃される可能性は高くなる。巨大な蚊から襲撃される状況では碌に調査は進められず、さらに甚大な被害がもたらされた。

最初、牛などの動物を囮に使って調査をするという作戦も行われたが、なぜか蚊は牛たちには目もくれず、人間だけに襲いかかってきた。ほかの動物でも同様の結果である。襲われるのは決まって人間だけだった。

それでも人類存続のために調査を諦めるわけにはいかない。危険を承知で装甲車を使ってゲートに近づき、自衛隊員が身を挺して研究者を守りながら調査は進められた。調査は常に命がけだった。

装甲車であっても、数匹の蚊から襲撃されてしまうと一溜まりもない。それでも突破口を見出すために、自衛隊員と研究者が果敢に調査に挑んでいく。調査を行う中で、多くの自衛隊員と研究者が蚊の襲撃によって命を落とした。

しかし、尊い犠牲も虚しく蚊を撃退するための有力な情報はなかなか得られなかった。日本に限らずアメリカや中国、ヨーロッパなどの先進国でも同様の結果であった。

調査を難しくしていた最大の理由は、”一般的な人間”はゲートの向こう側に行くことができないという点である。

蚊はゲートを自由に出入りしているが、人間や動物がゲートの向こうに行こうとすると、壁にぶつかるように阻まれてしまう。調査用の無人探索機、さらには大砲やロケットなどの重火器も同様に阻まれてしまう。

詳しく調査をしようとしてもゲートの向こう側が一切不明なため、有益な情報が手に入らない。ゲート自体の解析も進まず、根本的な解決策を導き出せずにいた。

蚊の襲撃によって最前線で戦っている隊員たちが次第に疲弊していき、世界中から希望の光が消え始めていた。

「もう人類は、このまま滅びていくのを待つだけなのか……」

多くの人たちが「もうダメだ」と諦めかけたとき、不思議なことが起こり始めた。戦闘を続けていた自衛隊員の中から、不思議な能力に目覚める人が出てきたのだ。

まず顕著に現れたのは、身体能力の劇的な向上である。それは本人たちも驚くほどのレベルで、人間とは思えないような動きを見せる隊員も多数出てきていた。

さらに、視力や聴覚などの感覚が異常に鋭くなったり、極めつけは体から炎・氷・電気などを出せるようになったりする人も現れた。まさに超常的な能力に目覚めたといってよいだろう。

そのような不思議な能力に目覚めた人たちを”覚醒者”と呼んだ。

覚醒者の能力は個人差が大きく、種類や強さもさまざまだった。ロウソクのような小さな炎しか出せない人もいれば、鉄すらも溶かしてしまうような高音の炎を出せる人もいる。

覚醒者が増え始めたことで、徐々に蚊を撃退することが可能になっていった。人類に希望の火が灯った瞬間だった。

このような不思議な能力に目覚めた人たちの共通点は、”モスキートゲートに直接触れた”という点である。調査や戦闘でモスキートゲートに触れてしまい、それがきっかけとなって能力に目覚める人が増え始めた。

誰もが予想できなかった幸運に人類は歓喜した。

しかし、良いことばかりではない。モスキートゲートに接触すると大きく分けて3つのタイプに分かれる。

1つは、何も起こらない人たち。言葉のとおりゲートに触れても何の変化も起こらない。94~95%の人たちは、ここに分類される。

2つ目は、拒否反応が出てしまう人たち。失神と痙攣を起こし、口からブクブクと泡を吹いたあとに死亡してしまう。3%強の人たちは、ここに分類される。

そして3つ目は、能力に目覚める人たち。体に流れる”オーラ”を感じられるようになり、そのオーラを操作することで超人的な身体能力を発揮する。さらにオーラの扱いに長けていると、火を生み出すなどの不思議な現象を発生させることができるようになる。しかし、割合としては2~3%程度と少ない。

つまり能力に目覚める確率よりも、命を落としてしまう確率が高いということだ。

それでも、モスキートゲートに触れて能力を覚醒させようとする人は後を絶たなかった。大切な家族を蚊に奪われた人にとっては、蚊は憎悪の対象だ。

しかし、仇を討ちたいと心の底から願っても、人と巨大な蚊では、あまりに戦闘力が離れすぎている。気持ちだけでは埋められない絶対的な差があった。

その差を埋めるためには、ゲートに触れて超人的な力を手に入れるしかない。モスキートゲートで能力に目覚めるというのは、残された者がすがれる唯一の希望だった。

覚醒者が増えたことで、人類は蚊に対する防衛力を急速に高めていった。それでも蚊の襲撃による被害は、いまだ甚大である。そこで政府主導のもと、蚊の驚異を取り除くためにいくつかの施策が発表された。

そのうちの1つが”モスキートハンター制度”である。

覚醒者に限り”モスキートハンター”として活動することを許され、蚊を駆除する依頼を受けられるというものだ。もちろん、無許可で活動できるものではなく、国が管理しているモスキートハンター局という機関に登録・認可されたうえで活動を行わなくてはならない。

モスキートハンターになるためには、いくつかのテストに合格しなければいけない。それらは、プロのアスリートでさえ合格するのはほぼ不可能という基準になっていた。

しかし、覚醒者といっても能力はピンキリ。一般人と大差のない身体能力の覚醒者もいれば、ビルを素手で破壊できる覚醒者もいる。当然、覚醒したとしても能力が低ければモスキートハンターにはなれない。

モスキートハンターは、能力によってAからFまでのランク付けがなされた。

Fランクはオリンピックに出場できる程度の身体能力”しか”ないが、何かしら有用な能力が目覚めた者。

E〜Dランクは、単独では蚊を撃退できないが、チームを組めば可能な実力を有している者。

Cランクは、高い戦闘能力を持ち、単独で蚊を撃退できる者。

Bランクは、単独で複数体の蚊を撃退できる者。

Aランクは、単独で数十体の蚊を撃退できる者。

例外としてAランクよりも上のSランクがあるが、世界にたった7人しかおらず、日本には1人だけ。覚醒者の中でもほんの一握りの天才しかたどり着けないランクのため、完全に別枠として扱われている。

Sランクほどのレベルになると、1つのゲートから現れる蚊を単独で殲滅できるほどの力を持っているといわれている。

ひと口にハンターといっても力量には大きな差があり、ランクによって受けられる仕事に制限が出てくる。国としても、実力のない者に無謀な任務を与えるわけにはいかない。ただでさえ命の危険性が高い仕事のため、身の丈に合った依頼内容なのかをシビアに判断される。

高ランクハンターは依頼の制限が少なく、報酬も桁違い。

モスキートハンターがいなければ国家存続の危機に瀕するわけだし、ハンターは最前線で命をかけて戦っている。高ランクハンターへの高待遇は当然だといえる。国が積極的に後押ししている制度のため、報酬を貰い損ねるということもない。

逆に低ランクのハンターは危険性の低い依頼しか受けられないので、そのぶん実入りも少ない。

貧富の差が驚くほど激しい職業なのである。そのため、定期的に実施されるランクアップ試験では、多くのハンターがランクアップを果たそうと躍起になっている。

しかし覚醒者は、覚醒後の能力値から成長することはほとんどない。覚醒した時点で、能力値のアッパーは決まってしまうということだ。

ごく稀に、覚醒者になった後でも能力を向上させたり、新たなる能力を開花させたりする者がいる。覚醒者になった後の能力上昇・能力開花は”再覚醒”と呼ばれ、再覚醒すると大幅なランクアップが見込める。

しかし、再覚醒したハンターは全世界で10人にも満たない。99%以上のハンターは、試験を受けてもランクは一切変わらないのである。ほとんどのハンターにとってランクアップ試験は無用の長物といってよいだろう。

それでも、一縷の望みをかけてランクアップ試験に挑む低ランクハンターは多い。

貴重な人材を取りこぼさないようにランクアップ試験は開催されているが「ランクを上げて報酬を上げたい」という金銭欲や名誉欲にまみれたハンターの溜まり場になっているのが実情だ。表現を変えるなら「俺にもワンチャンあるかも」みたいな感じだろうか。

中には不正を働いてでもランクを上げようとする輩もいる。

一時的に能力を向上させる”バフ能力”を持っているハンターもいるため、そのようなハンターに依頼をすれば試験でランクアップも可能になる。不正が見つかると厳しい罰則が与えられるのだが、それでも不正を働こうとする輩が後を絶たない。

不正が見つかるとモスキートハンターのライセンスは剥奪。その後、モスキートハンター協会のホームページにある”ライセンス剥奪者”の項目に名前が載ってしまう。

今やモスキートハンター協会の影響力は絶大だ。その協会から追放されたことが広まれば、日常生活にも大きな影響を与えることになる。

それに、不正してランクを上げても依頼で命を落としてしまっては意味がないと思うのだが……それは人それぞれの価値観ということになるのだろうか。

モスキートゲートや覚醒者に関することは、未解明な部分が多い。ここ10数年の出来事で、さらに調査の難易度が高いことから、まだまだ研究が進んでいないのである。

再覚醒に関しても、なぜ再覚醒するのか、再覚醒するための条件はなんなのか。ほとんど解明されていない。

蚊との戦闘中、命の危機に瀕したときに再覚醒する者もいれば、散歩中のふとしたときに再覚醒する者もいる。研究者たちの間ではさまざまな仮説が出ているものの、ハッキリとしたことがいえないのが現状だ。

そして俺、御手洗 悟(みたらい さとる)も覚醒者であり、モスキートハンターの一人だ。

14年前、母さんが蚊によって殺された。それから蚊の撲滅を心に誓い、モスキートハンターになった。

覚醒者になれたときは「ようやく復讐を果たせる」と歓喜したものだが、現実はそれほど甘くはなかった。覚醒者になったはいいものの大した能力には目覚めなかったのだ。

身体能力も人間レベルでは高い水準まで向上したが、高ランクのハンターと比べるべくもない。当然、蚊とまともに戦闘などできるレベルではなかった。死ぬ覚悟をしてモスキートゲートに触れたのに、自分が求めるような戦闘能力は手に入らなかったのである。

モスキートハンターとしては、最低レベルのFランク。蚊との直接戦闘には参加できず、危険の少ないところで高ランクハンターや研究者のサポート、市民の避難誘導を行うのが主な仕事になる。

“サポート”とカッコ良く表現したものの、実態は雑用だ。補給物資を運んだり、戦闘用の武器や道具を運んだり。蚊と接触する確率が高い危険地帯では、雑用といってもそれなりの身体能力が求められる。

一般人からすると、低ランクハンターも十分に危険な任務に取り組んでいる。そのため、モスキートハンターはランクに関係なく友好的な目で見られることが多い。

しかし、高ランクハンターの見方は違う。自分たちが命を張って蚊と戦っているときに、その後ろに隠れておこぼれを頂戴するハイエナみたいなやつら。そう思う高ランクハンターも実際にいて、現場では見下されることも少なくない。

「俺たちが命を張っているときに後ろに隠れていられてよかったな」「何かあってもすぐに逃げ出せるところにいるもんな」

依頼を受けるたびに何かしら嫌味を言われる。特に俺から何かをしたということではないはずだが……なぜか一部の高ランクハンターから絶賛嫌われ中である。

それでも、嫌味を言ってくる高ランクハンターを恨んだりはしない。もちろん「腹立つ」「悔しい」とは思うけど、自分の代わりに蚊を撃退してくれている人たちだ。憎しみの感情よりも、感謝の気持ちのほうがずっと強い。

しかし、現状にやるせなさを感じることは少なくない。

ランクを決める際の基準には、性格の良し悪しは一切含まれていないため、どれだけ性格が悪くても実力があれば高ランクハンターになれる。そういった背景があるからか、たまにとんでもない人格破綻者の高ランクハンターに出くわすことがある。

「強いやつが偉い」というシンプルなルールで成り立っているため、強くない者は肩身が狭い思いを強いられる。

さらに俺の場合、ほかのFランクハンターと比較しても実力が劣っている。身体能力は低く、戦闘向きのタイプとは決していえない。

俺がかろうじてハンターになれたのは、探索能力・危機察知能力が秀でていたからだ。この2つの能力は、ハンターの中でもトップクラスの水準だった。そのため戦闘能力が低くても、サポート面で役に立つと判断されてハンターになることができた。

しかし、探索などは機械でも代替できるし、危機察知能力も覚醒者であれば高い水準で持ち合わせている。迫り来る脅威に対処することは可能だ。

それにFランクの自分が脅威だと感じるものでも、高ランクハンターにとっては大した危険ではないことが多い。いち早く危険を察知して高ランクハンターに伝えても「はいはい、ご苦労様」くらいのものである。

高ランクハンターからすると、”いないよりはいたほうがマシ”くらいの感覚なのであろう。実際の現場では、それほど重視される能力ではなかった。現場では、兎にも角にも戦闘能力が求められるのである。

自分が裏で「Gランクハンター」なんて揶揄されているのも知っている。

モスキートハンターはFランクが一番下なので、Gランクなんていうものは存在しない。どこかの嫌味なハンターが俺をバカにするために「Fランクよりも下のG(ゴミ)ランク」と触れ回り、それが広まってしまったのだ。

ほんと人としてどうかと思うのだが、ハンターは実力が全て。実力のある者は圧倒的な発言力がある。俺のことを目の敵にする高ランクハンターが、そんなことを言い出したのだろう。

というより、誰が言い出したかも知ってはいる。それでも、自分の実力を痛いほど理解しているからこそ、何も言い返すことができない。

Fランクより役に立たない”Gランクハンター”。

そんな不名誉な二つ名が俺のモスキートハンターとしての立ち位置を物語っていた。

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