【第2話】モスキートゲート(創作ストーリー)

目次

Gランクハンターの妹

悟が住んでいた街は、昔と比べてずいぶん変わってしまった。

蚊によって破壊されたビルをあちこちで見かける。壊されたビルは、修繕や立て直しはされず、そのままになっていることが多い。ビルのオーナーも破壊されるリスクが高いビルを何度も修繕しようとは思わない。

今ではビルよりも、避難するための地下シェルターが飛ぶように売れている。家の敷地に作る小型なものから、マンションやビルに隣接する形で作るシェルターまでさまざまなタイプのシェルターが売られている。

地下シェルターは、蚊の驚異から身を守るために、現状考えられる最も有効な手段のひとつだ。金持ちは大金をはたいて強固なシェルターを造り、自身の安全を確保している。

しかし、金銭的な事情でシェルターを持てない人も多い。というより、そういう人が大多数だ。個人で地下シェルターを持てるほどの余裕がある人は少数派といえる。

そのため国も多額の予算を割いて補助金を出したり、国営のシェルターを造ったりしている。毎年のように設置数を増やしてはいるが、まだまだ数は足りていない。

さらに、国営のシェルターは人が押し寄せるうえに、ほとんどの人にとっては自宅から離れている。シェルターへの移動中に襲われることもあるし、シェルターに着いても、あまりの混雑ですぐには中に入れない。

蚊は、人が多いところに集まってきてしまう習性があるため、国営シェルターへの避難経路が最も襲撃される危険性が高いのが実情になっている。

悟は、すっかり変わってしまった街並みを眺めながら、ふと物思いにふけてしまう。

「……ねえ、お兄ちゃん」

かすかに呼ぶ声が聞こえる。聞こえてはいるが、音の振動が悟の耳の中を通過するだけで、言葉として脳みそで処理されない。

「ねえ!お兄ちゃんってば!!」

苛立ちの感情が混ざった甲高い声が悟の鼓膜を突き刺す。

「なんだよ、綾(あや)。急にデカイ声出すなよ」

「急にじゃないわよ。何度も呼んでるのに返事しないから」

14年前、悟と一緒に蚊の襲撃から生き延びた妹の綾。昔から気が強く、最近ではそれに拍車が掛かっている。

言いたいことをハッキリ伝える綾は、友達の間では”姉御”と呼ばれていた。

その話を聞いた悟は、我が妹ながらたくましいと関心しつつも、兄としての威厳が木端微塵に吹き飛ばされることもあるので、もう少しおしとやかになってほしいと願うのだった。

「前の依頼でお兄ちゃんケガしてたでしょ。弱いんだから無茶しちゃダメだよ」

「兄のプライドを傷つけるセリフをそんな簡単に言うなよ。それにケガっていったって、かすり傷程度だろ。そもそもFランクハンターなんて危険地域から離されるんだから、前線に行くお前より危険性は低いぞ」

「それはそうかもしれないけど、そういうことじゃなくて……」

綾が急に口籠もり、歯切れが悪くなった。本当に伝えたいことは別にあるのだろうが、どうやら言いにくいことのようだ。綾は、悟と話すときに限って歯切れが悪くなることがある。

綾もモスキートハンターの一人で、つい最近モスキートゲートに触れて覚醒者になった。

モスキートハンターとしては、なんとAランク。例外的なSランクを除けば、国内トップクラスのハンターになったということだ。ハンター試験では、ほかの覚醒者とは比較にならないほどの能力の高さを見せつけた。

まだ初依頼をこなしていないので駆け出しハンターという状況ではあるが、実績を積んでいけば、いずれAランクの依頼もくるようになるだろう。

ただ、依頼のランクが上がるほど、当然のことながら危険も大きくなる。Aランクともなれば、最前線で蚊と戦うことになる。

妹思いの悟にとって唯一の救いは、駆け出しのときには比較的危険が少ない依頼を回されることだ。

いくらポテンシャルが高いといっても、慣れないうちから危険度が高い依頼をさせてしまうと、いたずらに貴重な人材を失うことになる。そのためモスキートハンターは、依頼に慣れるまでは2つ下のランクから依頼をスタートさせることになっている。

実績を積み、依頼に慣れてきたと協会が判断したら、依頼のランクが上がっていく。命を落とすかもしれない危険な依頼であるため、当然の措置といえる。たまに飛び級のような形で一気に依頼のランクを上げてしまう猛者もいるが、そういうのは例外の部類だ。

ただ、悟の場合はFランクよりも下の任務がないため、必然的にFランクの任務からスタートになる。

自分のことよりも妹のことが気にかかる悟は、これから初依頼をこなす予定の綾を心配そうに見つめた。

「俺のことより、自分の心配をしろよ。いつ初依頼がきてもおかしくないんだから。最初は能力的に危険性が低い依頼がくるはずだけど、現場では何が起こるか分からないんだからな」

「分かってるよ。でも私は大丈夫だから。それよりお兄ちゃんのことが心配なの」

「心配してくれるのは嬉しいけど、俺は大丈夫だよ。もうハンターになって2年も経つし、今まで大きなケガもなくやってこれただろ。得意気に言うことじゃないけど、危険を避けるのは得意なんだよ。だから綾は自分の心配だけしてたらいいんだよ。分かった?」

「もう、お兄ちゃんのバカ。ケガしたって知らないんだからね」

拗ねたような表情で綾が憎まれ口を叩いた。

母親を亡くしてから、悟と綾はお互いを支え合って生きてきた。

綾が生まれてすぐに、両親は離婚をしている。それから一緒には暮らしていない。連絡もないため、父親がどこで何をしているのか一切分からない。それどころか生きているかも不明という状況だ。

そんな事情もあって、自分が父親の代わりになって綾を守っていかなければいけないと、悟は責任を感じていた。妹を支えるために懸命に努力してきたのである。

綾も悟が努力している姿を傍で見ており、悟に対して絶大な信頼を寄せている。その影響もあってか、若干ブラコン気味の妹が出来上がってしまっていた。

とはいっても、綾はAランクのモスキートハンター。悟としては、今まで守るべき対象であった妹に、いきなり実力もランクもぶち抜かれてしまい戸惑いを隠せない。

今まで蚊への憎しみと妹のためにがんばってきた悟だが、自分の中で支えになっていた努力する理由のひとつが無くなってしまった。

綾が強くなった事実を喜ぶ反面、悟の心情的には複雑な気持ちも押し寄せてくる。綾が危険な依頼を受けるとなると、なおさらのことだ。

妹に危険なことはしてほしくない。妹が幸せに暮らせるなら、危険なことなんて自分がいくらでも引き受ける。だから、モスキートハンターで危険な依頼を受けてほしくない。それが悟の本音だった。

モスキートハンターになるということは、モスキートゲートに触れて覚醒者になるということだ。当然、命を落とす危険性だってある。

今までの傾向的から、家族に覚醒者がいた場合、覚醒者になる確率が高いということが分かっている。覚醒するには遺伝的な要素も関係しているといわれている。

しかし、それでも命を落とすリスクがあることには変わりない。綾がハンターになりたいといったとき、悟は猛反対した。

だが、綾は折れなかった。

「私もお兄ちゃんを助けたいの!私、絶対モスキートハンターになるから!」

綾の言葉からは、強い意志が込められていた。綾の思いをぶつけられた悟は、すぐには返す言葉が見つからなかった。

悟としては、綾に危険なことなんてしてほしくない。しかし、綾を止める術も思いつかない。

「……死ぬかもしれないんだぞ。そんな危ないことをしなくても、俺が……」

「とっくに覚悟はできてる。もう決めてることだから」

取り付く島もなかった。悟が綾から「モスキートハンターになる」と伝えられたとき、綾は18歳になったばかりだった。

18歳以上であれば、親の同意なしにモスキートゲートに触れることができる。このまま悟が反対したとしても、綾は強引にハンターになろうとするだろう。

頭のよい綾は、伝えるタイミングを見計らっていた。悟に反対されても、自分の意志を貫き通せるように。

結局、綾はモスキートゲートに触れて覚醒者になり、モスキートハンターになった。

幸い、命を落とすことなくモスキートハンターになれた。試験の結果はAランク。

瞬く間に世間の人たちから羨望の眼差しを受ける立場にのし上がっていった。強さも並のハンターの比ではない。全ハンターの中でも、妹はトップクラスの強さを手に入れたのだ。

悟と綾の実力を客観的に比べてしまうと「悟は自分の心配をしていろ」とツッコまれるレベルだ。

でも、いくら妹が強くなったといっても、悟にとってはたった一人の妹であることには変わりない。兄が妹を心配して、一体何が悪いというのだ。悟は、そう自分に言い聞かせていた。

悟は、そんなことを思い出しながら綾と買い物をしていると「ビーッビーッ」とけたたましいアラートが鳴り響く。その音は、協会から支給される特注品のスマホから発せられ、どこかで新たなモスキートゲートが発生したことを示していた。

「あっ……」

綾も支給されているスマホを手に取る。アラートは、悟に支給されているスマホだけではなく、綾に支給されているスマホからも鳴り響いていた。つまり、綾に初依頼の連絡がきたということだ。

「依頼きちゃった」

綾は苦笑いをした。その表情を見た瞬間、悟は胸が締め付けられるような複雑な感情が押し寄せてきた。

綾は、本心では戦いなんて望んでいない。ハンターになったのも”兄の力になりたい”という動機からだ。戦わなくて済むなら、それに越したことはない。

それでも、元々の前向きな性格も手伝って「よし、がんばるか」と気持ちを切り替えていた。

2つ下のランクから依頼がスタートするとはいえ、Cランクでも十分に危険な依頼だ。悟のようなFランクハンターでは、生きて依頼を終えること自体難しい。サポートがメインとはいえ蚊と直接戦闘することになるのだから。

Cランクは、最前線で戦闘を行っているAランク・Bランクのサポートをしたり、うち漏らした蚊を撃退したりする依頼内容が多い。たまに、研究のための蚊を捕縛することもある。

対処する蚊の数も少ないので、Bランク以上のハンターより危険は少ないといえる。しかし、それでも現場では何が起こるか分からない。不測の事態が起こることもある。

悟に嫌な予感がよぎった。悟は昔から勘が鋭く、嫌な予感が当たるという特技をもっていた。

「なあ、綾。やっぱり今回の依頼は断らないか?なんか嫌な感じがするんだよ。Aランクハンターだったら、1回依頼を断ったくらいじゃ今後の依頼に影響しないだろうしさ」

高ランクのモスキートハンターは、協会からも重宝される。高ランクハンターは常に人手不足の状況ということもあり、何回か依頼を断ったくらいではキャリアに傷がつくことはない。

ただ低ランクハンターの場合は、話が変わってくる。「代わりはいくらでもいる」という立場であるため、何度か依頼を断ってしまうと、協会から仕事を回されなくなってしまう。

特に初回の仕事を断ってしまうと「やる気がない」と判断されてしまい、その後の依頼に悪影響を与えてしまう。低ランクハンターであれば、簡単に依頼を断ることもできない。

しかし、綾は扱いが全く異なる。貴重なAランクハンターなのだから。

「ありがとう、お兄ちゃん。心配してくれるのは嬉しいけど、私やるよ」

やはり、綾の決意は固かった。

「それに、同じタイミングで依頼がきたってことは、お兄ちゃんと同じ現場にいくわけでしょ。お兄ちゃんが近くにいたほうが安心だし」

「たしかに同じ現場だとは思うけど、俺と綾だったら、配置される場所は全然違うと思うぞ。俺はゲートからだいぶ離れたところにいるはずだから」

「だから、そういうことじゃないの!一緒の依頼を受けてるってことが安心感になるの!」

悟は、こんなFランクハンターの兄を頼ってくれて嬉しいと思う反面、妹がピンチのときに駆けつけてあげられないことに無力さを感じていた。

「そうか。だったら、これ以上は止めないよ。まあ、2ランク下の依頼だから大丈夫だと思うけど。くれぐれも無茶はしないようにな。もしヤバイと思ったら、全力で逃げるんだぞ」

悟は冷静になって考えてみた。

ハンターにおいて2ランク下の依頼は、難しい依頼内容ではない。むしろ「思ったより簡単」と思える内容になっている。多くのハンターが「余裕だったから、早く上のランクの仕事をやらせてほしい」と口々に言うのを耳にしていた。

ハンター歴がそれなりに長くなると、界隈のいろいろな情報が耳に入ってくるようになる。それによって、良くも悪くも固定観念が生まれてしまう。

だからなのか、このときの悟は甘く見ていた。

妹の初任務で、あんな想定外の事態が起こってしまうとは……想像もしていなかったのである。

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