【第7話】モスキートゲート(創作ストーリー)

【第7話】モスキートゲート(創作ストーリー)
目次

初めての依頼内容

モスキートハンターの依頼内容は、大きく分けると二つに分けられる。

ひとつは地球に侵入してきた蚊を撃退すること。

これは主にBランク以下のハンターでチームを組んで行うことが多い。ハンターが連携を取ることで、殲滅力が飛躍的に上がる。単独で蚊を撃退するよりも、圧倒的に効率がよいのである。

依頼内容には調査団・研究者の護衛を行うこともある。モスキートゲートの調査が安全に行えるように、ハンターが研究者たちを守るのである。

もうひとつは、モスキートゲート内の調査だ。

覚醒者になると、ゲート内部に入ることができるようになる。覚醒者以外はゲート内部に入ることはできず、覚醒者だけがゲートの内部を調べることができる。なぜ覚醒者がゲート内部に入れるのか、理由はまだ解明されていない。

蚊の生態を詳しく知るために、定期的にゲート内部の調査が行われた。

ゲート内部は蚊のホームグラウンド。当然のことながら危険は大きい。

ゲート内部の調査に行けるのはBランク以上。基本的にはAランクメンバーでチーム編成され、Bランクでさえ荷物持ちの役割しか与えられない。

蚊を単独で複数体撃退できるBランクでさえ、ゲート内部の環境では荷物持ちが精一杯というのが現実だ。

例外的に、覚醒者になった研究者がゲート内部に入ることがある。研究者のために、自らを実験体として捧げ、覚醒者になった者たちだ。

モスキートゲートの調査は危険を極めるため、思うように研究が進まない。そのため研究者自ら強さを手に入れて、研究を進めようとすることも珍しくない。

人類の存亡がかかっているのだから、合理主義者の研究者であっても、なりふり構わず取り組まざるを得ないのだろう。

研究者が覚醒者になった場合、仮にFランクだとしてもゲート内部の調査に赴くことがある。知識のある人間がゲート内部に直接行くことで、研究が早く進むことが期待されている。

今までの傾向から分かってきたのは、蚊の軍勢は、ひとつのゲートから無限に出てくるわけではない。ゲートによっても異なるが、蚊を殲滅し続けると、やがて出現が止まる。

専門家によると、Aのゲートには100匹、Bのゲートには300匹、Cのゲートには500匹のように、ゲートごとに配備される蚊の数は決まっているのではないかという見解であった。

つまり蚊にも、人間の軍隊のように指揮をする個体がおり、その個体がゲートごとに戦力を振り分けていると考えられる。ゲートの向こう側には、高い知能を持った個体がいる可能性が極めて高い。

どの程度の知能を持っているのか。そして、知能を持った個体はどれくらいいるのか。ゲート内の情報が乏しく、正確に把握できていない。

相手の具体的な戦力が不明のまま、完全な手探りで巨大な蚊の軍勢と戦っている状況だ。

このままでは、次第に現場で戦っているハンターも消耗していき、ジリジリと押し切られてしまうだろう。なんとしても、相手の戦力や弱点を正確に把握して、早急に対策を立てていかなければいけない。

そうはいっても、Fランクハンターの俺にできることは、たかが知れている。自分にできることを精一杯やるしかない。任務の説明を受けて、配置に付き、与えられた仕事に取り組んだ。

今回の任務は、物資の輸送だ。今いる基地と前線との中継地点に、武器や薬などの救援物資を運ぶ。

本来、物資の輸送はEランクが行うことが多い。中継地点までとはいえ前線に近づくことになるし、物資を運ぶ輸送者は蚊から狙われやすい。避難誘導よりも危険性は高くなる。

しかし、今回集まったEランクの数が想定よりも少なく、Fランクの中でもキャリアがある自分が物資の輸送に配置された。

輸送者にはDランクのハンターが護衛に入るし、中継地点には高ランクのハンターが配置されている。最近は輸送の任務で大きな被害は出ていないし、大丈夫だと思いたい。

輸送者に乗り込むと、蚊を撃退するための高性能な武器がズラッと並んでいた。

蚊には、小型の拳銃では全くダメージを与えることができない。さらに、超高速で空を縦横無尽に飛び回る蚊に攻撃を当てるのは、困難を極める。

しかし、低ランクのハンターにとって高性能・高火力の武器は、いざというときの生命線になる。高ランクハンターのように肉弾戦で戦うことのできない低ランクハンターが、唯一蚊に対抗できる手段だからだ。

基本的には、FランクからDランクまでのハンターは、ハンター協会から支給される銃に頼って蚊と戦っている。Cランク以上になると、斧・剣・ハンマーのような武器で戦う人が増えていく。

中には肉弾戦で戦う高ランクハンターも存在する。拳で蚊を殲滅するのだ。そんな領域にいる高ランクハンターは、まさに人間離れした存在といえる。まあ、そんなことができるのは高ランクハンターのなかでも、ごく一部だが。

俺はというと、Fランクハンターなのだから、当然ハンター協会から支給される武器に頼っている。

巨大な蚊を撃退するための銃なので凄まじい威力があるのだが、その反面、反動も凄まじい。俺では銃の反動に耐えるのがやっとで、命中精度は高くない。Fランクハンターの辛いところだけど、それでも持っていないよりは、はるかにマシといえる。

Dランクにもなると、銃の反動でも大した影響は受けないようで、高確率で蚊に命中させる。

仮に輸送者を蚊が襲撃してきたとしても、数が少なければ問題なく撃退できるだろう。

今、輸送者にいるハンターのなかで最も戦闘能力が低く、生存率が低いのは俺だ。今まで以上に気を引き締めないといけない。そんなことを考えていると…

「おー!悟じゃないか!輸送者に配備されるなんて珍しいな」

「珍しいどころか初めてですよ」

「そうかそうか!輸送車の護衛は避難誘導よりも危険だからな。でも、Dランクハンターを中心にチーム編成されているから、比較的危険は少ないと思うぞ。あんまり心配心配しなくていい」

「そうですね。松さんがいるなら、めっちゃ心強いです。もし危なくなったら、松さんを盾にして逃げるんで」

「がはははっ!おう!任せろ任せろ!」

豪快な声で笑うこの男性は松本さんといって、ハンターのあいだでは『松さん』の愛称で親しまれている。Dランクハンターとして、長年依頼をこなしてきたベテランハンターだ。

身長は180cmを超えており、体格もがっちりしている。エネルギーに満ち溢れているため、40代には見えないほど若々しい。面倒見が良く、若手ハンターを気にかけてフォローするため周りからの人望も厚い。

俺が毒島からイビられているのを見かけたら、すぐさま割って入ってくれる。

兄貴肌で周囲からの信頼も厚く、俺が尊敬している先輩ハンターの一人だ。

ランク的にはDランクだけど、実力はCランクに近いと言われている。実際に単独で蚊を倒したこともあるので、Dランクハンターのなかではトップクラスの実力だろう。

元々は小さな会社を経営していたらしいけど、従業員全員が蚊の襲撃で殺されてしまい、ハンターになることを選んだと言っていた。松さんのような人格者の下で働いていた従業員の皆さんは、きっと幸せだったのだろうな。

そんなことを思っていると、遠くから気配がする。いつもより気配が小さいけど間違いない。

「蚊だ。蚊がいる」

俺が声を発すると、装甲車に乗っているハンターたちに緊張感が走る。

「えっ!?蚊!?どこだよ」

気配を察知した方向をよく見てみると、小さな蚊が一匹飛んでいた。”小さな”といっても、小学生くらいの大きさはある。遠くのところから、こちらの様子を見ているようだった。

どうやら偵察の蚊らしく、輸送車を攻撃してくる素振りはない。しかし、そのまま放置もできないため狙撃で撃墜を試みる。

「ちょっと距離があるけど、いけると思います」

偵察の蚊は小さく小回りが利くので、狙撃の難易度が高い。しかし、高火力で発射された弾は見事蚊に命中した。

銃はパーンッ!と大きな音を発し、反響した音が車内に響き渡っている。反動もすごかったはずだが、それをものともせず、一発で蚊に命中させた。すごい……

「さすがだな。速見は狙撃の名手だからな」

「銃の音より松さんの声のほうがデカいですね」

「がはははっ!相変わらず愛想のないやつだ!だが、”いぶし銀”みたいでいいぞ」

「いぶし銀って、今どきの人は使わないですよ」

狙撃手は速見さんというのか。松さんとのやり取りを見る限り、仲が良さそうだ。

松さんは人を見る目がある。松さんと仲が良いということは、速見さんは信頼できる人なんだろう。

Fランクの俺は、ハンターが直接蚊と戦うシーンを見ることは少ない。避難誘導をして、自分も現場から離れることが多いからだ。

今回の依頼は、貴重な体験になるかもしれないな。そう心のなかで感じていた。

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