不快な存在に自ら近づいて執拗に攻撃するのはなぜなのか
「おや~、お手洗い。妹は一緒じゃないのか?」
「何のようですか?毒島さん」
せっかくマサ兄の気遣いであたたかい気持ちになっていたのに、毒島が絡んできたことで全てがぶち壊された気分だ。
「いや、特に用はねーんだけどよ。ちょっと視界に入ったもんだから」
「用がないなら、俺のことは構わないでくれませんかね」
「なんだなんだ?いつもはダンマリなのに、妹がいるところではカッコつけたいってか」
「もしかして目が悪いんですか?今、妹いませんけど。ご自身でも『妹は一緒じゃないのか』って言ってませんでしたっけ」
「てめえ、今日は一段と調子に乗ってるじゃねえか」
「それは毒島さんの勘違いですよ。毒島さんに対して調子に乗ったことなんてありませんって」
「そういうことをさらっと言うところが調子に乗ってるんだよ。一度痛い目に遭わないと分からないみたいだな」
毒島から怒りの感情が滲む。別に煽るつもりはないのだが、どうやらマサ兄との話に割って入られて、苛立ってしまったようだ。
いつもは適当に受け流すのだが、今日は険のある言い方をしてしまう。
「不快にさせたなら謝ります。でもお願いですから、必要以上に絡んでこないでいただけますか」
「そりゃ、お前の態度次第だよ」
「自分から毒島さんに対して何かをしたことはないと思いますけど」
「お前、気づいてないのかよ。してるよ」
「何をですか?」
「お前の存在が気にいらねー。お前の存在が俺を不快にさせているから、俺にとって害があるんだよ。そうだな、例えるならゴキブリだよ。目の前にゴキブリがいたら気持ち悪いだろ?俺はゴキブリは叩き潰さなきゃ気がすまないタイプなんだよ」
めちゃくちゃなことを平気で言ってくる。どういう育ち方をしたら、ここまで傲慢になれるんだ?
「そうですか。毒島さんってすごく不思議なことをされる方なんですね」
「あっ?なにがだよ」
「毒島さんは、俺のことを『不快だ』『ゴキブリだ』って言いながら、事あるごとに絡んできてるじゃないですか。普通の感覚であれば、気持ち悪いものに自分から近づいていかないと思うんですよ。俺だったら、道端にゴキブリがいても追い回したりしないですから。だから、ちょっと変わった感覚をお持ちなのかなと思いまして」
毒島の怒りの感情が強くなるのを感じた。
「兄妹揃ってペラペラと……口だけは達者のようだな」
「おかげさまで。理不尽な先輩からよく絡まれるもので」
絡んできているのは毒島のほうだからな。こちらから遠慮するつもりなんてない。
「そんな生意気な態度を取っていられるのも今のうちだぞ」
毒島が意味深なことを言い始めた。
「妹、初依頼だってな。心配すんなよ。何かあっても俺が守ってやるから」
妙に引っかかる言い方だ。
「あなたに心配してもらうことはありませんよ」
「いやいや、ハンターの仕事っていうのは何が起こるか分からないからな。高ランクハンターだって、不慮の事故が起こらないとも限らないだろ」
綾のことで挑発されて、一瞬にして頭に血が上ってしまう。
「あんた……何を企んでるんだ」
あまりの怒りに我を忘れて飛びかかりそうになってしまうのをグッと堪えた。
「はははっ!Fランクが凄んでも怖くねーぞ~」
「おい、毒島。いい加減にしろ」
見かねたマサ兄が話に割って入ってくれた。
「おーっと!これはこれは!お手洗いの保護者の谷繁さんじゃないですか」
「別に保護者じゃねーよ。悟は自立した立派な大人だからな」
「Fランク風情が”自立”ですか。俺とは考え方が違うようですね」
「ああ、本当にな」
「昔は前線でだいぶ活躍されたみたいですけど、もうお歳なんですから、無理して現場に出なくてもいいんじゃないですか?」
「お前に心配してもらわなくても大丈夫だよ。まだまだ現役でいけるから」
「そうですか。せいぜいがんばってくださいよ、お・じ・さ・ん」
「ありがとよ、若造。お前はCランク以上の依頼を受けるんだろ?だったら早く説明を聞きに行けよ」
「そうっすね。保護者同伴のカスとこれ以上話すこともないし、そろそろ行くとしますわ」
そういうと毒島は、体の向きをクルッ変えて、この場から離れようとした。
それを見てマサ兄は、シッシッと追い払うような動作を取っている。
「あっ、そうだ、お手洗い。最後に忠告しといてやるよ。お前を嫌っているのは俺だけじゃないからな。せいぜい気をつけろよ」
小悪党みたいな捨てゼリフを吐いて、毒島が去っていく。本当に、ただ嫌味を言いに来ただけのようだ。
「悟、あんなやつの言うことなんか気にするなよ」
「分かってるよ」
マサ兄がかばってくれて助かった。あのままヒートアップしていたら毒島が何をしでかすか分からないし、依頼にも支障が出ていたかもしれない。
自分だけが標的になるならまだしも、これからは綾もいる。綾を巻き込むわけにはいかない。
でも、毒島の性格であれば、俺への嫌がらせのために躊躇なく綾を標的にするだろう。
せめてもの救いは、綾が毒島より格上のAランクということだ。毒島は自分より実力のある者には、迂闊に手を出さない。
それに、毒島は頭が回るタイプではないし、性格もある程度把握している。せいぜい嫌味を言ってきたり、ちょっとした妨害工作をしたりするくらいだろう。綾に直接手を出すことはないはずだ。
でも、もし依頼中に綾に何かされたら、こちらから手出しができない。どうしたものか……
綾の初依頼という重要な日にもかかわらず、何とも言えない不安がベッタリとへばりついてくる。
そうこうしているうちに、急ピッチで蚊の討伐準備が進められていくのであった。