【第3話】モスキートゲート(創作ストーリー)

目次

「Gランクハンターお手洗い」の名づけ親

生きていれば、誰しも納得できないことの1つや2つは出てくるはずだ。

俺も例外ではない。納得できないし、不思議で仕方がないことがある。なぜ俺はFランクなのだろうか。

能力の覚醒には遺伝的な要素も関係しているといわれている。そんな仮説が研究者のあいだで叫ばれているなか、妹の綾はAランクで兄の俺はFランク。それってちょっとおかしくないか?

妹にそれだけの資質があるのであれば、自分だってもう少しランクが高くてもよいではないか。研究者の仮説と大きく乖離がある現実に、やり切れない思いがこみ上げてくる。

そんななか、モスキートハンター協会から支給されたスマホから、依頼を知らせるための緊急アラートが鳴り響く。

「なにもこのタイミングで依頼してこなくてもいいのに」

思わず愚痴がこぼれ落ちた。

モスキートハンターが依頼を受けるとき、まずは専用端末に依頼の連絡がくる。GPS機能が内蔵されており、現場近くにいるハンターにすぐさま連絡がいくようになっている。

端末に大まかな依頼内容が送られ、依頼内容を読み終えると”承諾”と”辞退”のアイコンが表示される。承諾をタップすると、すぐに集合場所の地図が送られてくる。

依頼時にハンターが集められるのは、モスキートゲートから数キロ程度離れた位置であることが多い。

数キロ離れていても一般的には十分危険エリアなのだが、それ以上距離を置いてしまうと、緊急時の対応に時間を要してしまう。そのため、多少の危険を承知でギリギリまでゲートに寄ったところが集合場所に設定される。

そして、そこに高ランクハンターも配備されて緊急の対策本部が設立されるという流れだ。対策本部は、大型のトレーラーを改造したようなもので、中には高性能なコンピュータや武器などが搭載されている。

集合場所では、ある程度のハンターが集まったら、すぐさま依頼の詳細説明を受けることになる。被害を広めないために、全てにスピードが求められる。説明が終わると、ランクごとに分かれて依頼にあたる。

依頼内容によっては、ランクごとに集合場所が異なることもある。このあたりは状況に応じて臨機応変に対応しなければいけない。

ただ、Fランクハンターであれば、極端にモスキートゲートに近づくことはない。危険性が低いところで避難誘導や武器などの輸送をサポートすることになる。平たくいえば雑用なのだが、危険地帯では雑用であってもそれなりの実力が求められる。

俺は、覚醒者になっても身体能力がそれほど高くならなかったので、筋力トレーニング・格闘技・武道など、さまざまな方法で鍛錬を行った。Fランクハンターであれば、蚊との直接戦闘に加わることもないし、今まで格闘技や武道の経験が活かされることはなかった。

それでもハンターとして最善を尽くせるように、努力を惜しまずにここまでやってきた。もし蚊と遭遇して戦うとなっても、俺の身体能力では気休め程度にしかならないだろうけど、やらないよりはずっとマシだ。

日々の努力があるからこそ、現場で落ち着いた対応ができているのだと思う。それによって1%でも生存率を上げられるなら、喜んで努力しようじゃないか。

専用端末は非常に高性能で、さまざまな機能が内蔵されている。不測の事態が発生し、救助が必要になった場合は救難信号を協会に送ることもできる。水や衝撃にも強いので、ちょっとやそっとでは壊れない。

専用端末は、ハンターの生存率を上げるのに一役買ってくれている。ありがたい存在だ。

モスキートゲートが発生した場合、すぐに対応しなければ犠牲者が増えることになるので、可及的速やかに現場に移動することになる。現場近くに配備されている輸送用の装甲車の位置も表示されるので、その装甲車に乗れば集合場所までスピーディーに向かうことが可能だ。

ただ、Dランク以上のハンターになると、装甲車に乗るよりも走ったほうが早く現場に到着する。スピードを優先して現場まで走って向かう高ランクハンターが多いため、装甲車に乗るのはE・Fなどの低ランクハンターと相場は決まっている。

たまに怠け者の高ランクハンターも乗っていることはあるが、かなり少数だ。

今回の依頼は、綾の初依頼ということもあったので、一緒に装甲車に乗って集合場所に向かうことにした。綾だったら走ったほうが早いのだが、方向音痴だから道に迷うかもしれないし、最初は一緒に装甲車で移動したほうが安心だろう。

GPSに表示されている一番近い装甲車に乗り込むことにした。表示されている装甲車をタップすると「こちらに乗車しますか?」というポップアップが表示される。「YES」をタップすると乗車の意思を示したことになる。

ただ、発車が5分後になっているので、急いで装甲車の停車場所まで向かう必要がある。もし乗り遅れたら自力で集合場所まで行くしかない。

幸いにも、装甲車が停まっている場所まで距離的に5分もかからない。十分間に合うだろう。

「綾!急ぐぞ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!お兄ちゃん!」

ちょっと待ってと言いながら、綾は余裕で俺を追い抜いていった。さすがAランク。

しかし、俺より前を走って大丈夫なのだろうか。装甲車の位置は分かっているのか?

……いや、どうやら分かっていないようだ。

「綾!そこを右だ!」

「なに!?聞こえない!」

走るスピードが速すぎて、風の音が綾の耳元でうるさいくらいに騒ぎ立てているのだろう。それが俺の声が届くのを邪魔してしまう。

「ストップ!いったん止まれ!」

綾は地面が焦げるのではないかと思うほどの勢いで急停止した。

「なに!?お兄ちゃん!聞こえないよ!!」

「だから、そこ右だ……」

綾のペースに着いていけず、ゼエゼエと息があがってしまった。

「お前、速すぎだよ。ってか、俺を追い抜いたらダメだろ。道分かってないんだから」

「えへへっ、ごめん」

言葉では謝っているけど、表情を見ている限り1ミリも反省している感じはしない。いや、”てへぺろ”みたいな表情をするな。まあ、急いで向かったおかげで無事に装甲車に乗り込むことができたのだが。

輸送用の装甲車に乗り込むと、綾が落ち着かない様子でキョロキョロと装甲車の中を見回している。

「へえー、中はこんな感じになってるんだね」

装甲車は、蚊の襲撃を防ぐために強化ガラスやチタン製の金属でガチガチに防御されている。そのため外から見ると物々しい雰囲気はあるが、中は意外なほど簡素な作りになっている。

基本的には人を輸送するための装甲車なので、人が座れるように壁側に長い椅子が設置してあるだけだ。余計な物を積んで移動速度を落とすわけにはいかないし、贅沢は言ってられない。

ただ、振動でお尻が痛くなるから、椅子にはもう少し衝撃を吸収する素材を使ってほしいところなのだが。

そんなことを考えていると、装甲車に一人の男が乗り込んできた。

「あ~、めんどくせーな~」

身長190cmはあろうかという巨体。遠目でも筋骨隆々なのが見て取れる。さらにピッチリしたTシャツが胸板の厚さと腕の筋肉を強調しているようだった。

年齢は20代後半。短髪で髪色は明るく、ジャラジャラと指輪やネックレスを身につけている。さらに鋭い目つきでギラギラした印象を周囲に撒き散らしている。

「チッ!狭ぇな、もっとそっちに詰めろよ」

気だるそうに装甲車に乗り込んできたかと思いきや、漫画に出てくる”チンピラの兄ちゃん”のようにオラついている。

彼は現場で何度も顔を合わせているBランクハンターの毒島(ぶすじま)だ。

多くの高ランクハンターが自らの足で集合場所に向かうなか、毒島は「めんどう」という理由で装甲車に乗って行くことが多い。

装甲車はいろいろなところに配備されているため、乗り合わせる確率はそれほど高くはないのだが、よりのもよって毒島と同じ装甲車に乗ってしまうなんて今日はツイてないようだ。

毒島が乗り込むと「出発します」とアナウンスがあり、装甲車は集合場所に向けて走り出した。装甲車は緊急車両扱いのため、サイレンを鳴らしながら猛スピードで現場を目指す。

何事もなく集合場所まで着くように願っていたのだが、そんな願いも虚しく、暇を持て余した毒島がこちらにからんできた。

「おー、Gランクハンターの”お手洗い”がいるじゃん。陰気くせー車に乗り込んじまったなぁ」

なんとも皮肉たっぷりの言葉をぶつけてくる。ここまでくると”Gランクハンター”の二つ名を付けた人物が誰なのか察しがつくだろう。おまけに”お手洗い”というあだ名まで追加されている。

今までは、嫌味を言われたとしても一人のときだったから、できる限り気にしないようにしていた。高ランクハンターと揉めてもよいことはないし、ヘラヘラと「そっすね~」と言い返すだけ。

でも今は、目の前に綾がいる。妹の前でいびられるのは、メンタル的にくるものがある。

「ん?なんだ、見ない顔がいるな」

目ざとく隣に座っている綾に目をつける。

「なんだよ。お手洗いの連れか?Gランクのくせに生意気だな。なあ、お嬢ちゃん。そんなザコの隣にいないで、こっちにきなよ。Bランクハンターの俺が手取り足取り教えてやるからさ」

一体、俺になんの恨みがあるのだろうか。ここまで嫌味を言われる謂れはないはずなのだが。いや、単純に自分より弱い人間をいびって楽しんでいるだけなのだろう。

それにしても綾にちょっかいを出そうとするなんて許せない。怒りの感情が吹き出してきて、思わず顔が歪んでしまう。毒島に対して文句を言おうとした瞬間、遮るように綾が言葉を発した。

「結構です。話しかけないでください」

気が強い綾は、毒島に対して全く物怖じせずに対応している。いや、というより……怒っているのか?

若干、いや相当な怒りの感情が発した言葉に込められているように感じる。

綾の言葉を聞いて、俺は冷静さを取り戻すことができた。

「ひゅ~、気の強い女は嫌いじゃねーけど。でも、いいのかなぁ~。Bランクハンターの俺にそんな口を利いて」

毒島は、まさか綾がAランクハンターだとは夢にも思っていないのだろう。普通、装甲車に乗るのは低ランクハンターばかりで、Aランクハンターが乗ることはほとんどない。

俺の知り合いだから、同レベルのランクだと思っているのだろう。あっても、せいぜいDランク程度くらいだと考えているはずだ。ランク至上主義の毒島のことだから、隣に座っている女の子が俺の妹で、さらにAランクハンターだと知ったらさぞ驚くことだろう。

「ねえ、お兄ちゃん。なに、あの感じ悪い人」

わざわざ聞こえるような声で言わなくても。そういうのは、もっと小声で言うものじゃないのか?

「お兄ちゃん?あぁ、そういうことか。お手洗いの妹ってわけね。どおりでGランクハンターなんかと一緒にいるわけだ」

「疑問は解消されましたか?では、もう私たちに構わないでください」

毒島の嫌味に対して、綾は一歩も引かない。

「チッ!兄妹共々気にいらねーな。どうせ妹もFランクなんだろ?せいぜい兄妹揃ってコソコソと陰に隠れてろよ。目障りだから」

目障りなら、なぜ絡んでくる。放っておけばよいものを。

「御生憎様。私はAランクなので、前線に出て戦いますよ」

「はははっ!お嬢ちゃん、嘘はいけないな。長年Bランクハンターをやっているけど、お嬢ちゃんみたいなAランクハンター見たことも……」

「先日ハンターになったばかりなので。あなたが知らないのも無理ないと思います」

食い気味に綾が被せる。すると周りのハンターがざわつき始めた。

「そういえば久しぶりに10代のAランクハンターが出たって噂になってる」「しかも女の子だって」「俺もその話聞いたわ」

ハンターのあいだでは有名な話のようだ。たしかに18歳の女の子がAランクの認定を受けたら、注目されるのは当然だ。

10代でハンターになる人もいるが、やはり20代以降の割合が圧倒的に多い。10代で命のリスクを負ってハンターになろうとする人は少ないし、家族が猛反対するため、ほとんどは諦めてしまう。

「このまま生きていても仕方がない」と思うくらいの強い動機がなければ、周囲の反対を押し切ってまでハンターになろうとは思わない。

今まで見ている限りでは、ハンターになろうとする人は経済的に困窮して一発逆転を狙う人か、俺たちのように家族を蚊に殺された人が多いように思う。

それにハンターの割合的に、女性より男性の割合が多い。大体7対3くらいの割合だろうか。

あくまで一般論にはなるが、男性のほうがリスクを好み、女性は慎重だと言われることが多い。その性格的な傾向がハンターの割合にも表れているのだと思う。

それにハンターになれるとしても、Aランクになれるのはほんの一握り。だから18歳の女の子がAランクハンターになるというのは、かなりのインパクトがある出来事なのだ。

「いやいや!お手洗いの妹がAランクなわけねーだろ!もっとマシな嘘をつけよ」

「あまり頭がよい方ではないのですね。こんなすぐにバレる嘘をつくメリットなんてありませんよ。それに、現場に着けば嫌でも分かりますよ」

あからさまな挑発に、毒島もムキになる。

「はっ!どうせ不正でもしてAランクになったんだろ?いけねーな、不正してAランクを名乗るなんてよ!」

「それ以上侮辱するなら、協会に報告しますよ」

「ぐっ……」

つ、つよい。あの毒島相手に一歩も引かないとは。しかし毒島にも面子があるので、簡単に引こうとはしない。

「目上に対してそんな口の利き方をするとは、育ちが知れてるな」

「そちらこそ根拠のないことで他者を誹謗中傷するなんて、品性を疑われても仕方がありませんよ」

「なんだと!」

毒島も一矢報いようと挑発するが、綾がことごとく反論していく。綾は気が強いだけではなく、頭もよく回るタイプだ。成績優秀だし弁も立つ。

もちろん、誰彼構わず噛みつくわけではない。理不尽なことをしてくる人に対して辛辣になるだけだ。

「まあ、いいや。俺が大人の対応をして引いてやるよ。よかったな」

いや、そもそも先に絡んできたのはそっちだろう。恩着せがましく何を言ってるんだ。

「ええ、本当によかったです。これ以上あなたと会話をするのは苦痛なので、もう話しかけてこないでください」

毒島が歯をギリッと噛みしめたのが分かった。言葉には出さないが怒り心頭という様子だ。

依頼で何度も顔を合わせているから分かるのだが、綾からの反論は、毒島にとっては予想外だったはずだ。

基本的に毒島は、自分よりもランクが上のハンターに突っかかることはせず、自分よりもランクの低いハンターを標的にする。ずる賢く、誰が自分よりもランクが上なのか調べたうえで嫌味を言ってくるのだ。

そのため毒島は、低ランクハンターのあいだでは「イビリー毒島」と呼ばれるくらい評判が悪い。

パワーバランス的に低ランクハンターが高ランクハンターに言い返すというのは、相当な心的負担になる。高ランクハンターに睨まれると仕事がやりづらくなるので、いびられても言い返さずに我慢する低ランクハンターがほとんどだ。

毒島には”Bランクハンター”という肩書と実力があるため、低ランクハンターでは逆らうのが難しい。

しかし、いびられると誰だって嫌な気持ちになるし、不満もたまる。

いびられ続けた低ランクハンターの我慢も限界に達し、あるFランクハンターが「くそっ!イビリー毒島やつマジでムカつく!」と愚痴を言ったら、それが瞬く間に広まってしまった。俺の”Gランクハンター”と同じようなものだ。

ちなみに、誓ってもいいが考えたのは俺ではない。親交のあるFランクハンターが考えただけだ。俺は、そのあだ名が誕生する瞬間に居合わせただけである。

相手をリサーチしたうえで嫌味を言う毒島も「装甲車に高ランクハンターが乗っているわけがない」という先入観から、絡む相手を間違えてしまったようだ。今まで逆らってくる者がいなかったため、今のように思いどおりにならない展開に苛立ちを隠せないのだろう。

毒島を見ていると、綾が小声で話しかけてきた。

「ねえ、お兄ちゃん。あんなのがBランクハンターなの?自分よりランクが低いハンターを見下して、すごく感じ悪い。高ランクハンターが活躍できるのだって、サポートしてくれる人たちがいるからなのに。ほんと何様なんだろ」

「あんなだけど、実力はあるんだよ」

「へぇー、そうは見えないけどね」

高ランクハンターにもなると、五感が研ぎ澄まされているから、俺たちの小声は聞こえているのだろうな。でも、先に絡んできたのは向こうだし、妹を侮辱されたわけだから、配慮する気にもなれない。

「そりゃ、綾から見たら誰だってそうだろう」

「そんなことないよ。私は、お兄ちゃんには物凄い潜在能力があるって思ってるよ。今はまだ眠っているだけ」

「なんだよそれ。ぜひ、その潜在能力が目覚めることを祈るよ」

「一生目覚めずに眠ったままかもしれないけど」

「いや、意味ねーじゃん」

「大丈夫だよ。眠ったままでも、私がお兄ちゃんを守ってあげるから」

「兄としての立場がないな……」

「ふふっ、別にいいじゃない。そんな小さなこと気にしなくても」

妹を守っていた立場から、一気に守られる立場になってしまったようだ。

「だったら、俺がピンチになったら助けてくれよな。でも、もし綾がピンチになったら、俺も全力で助けるからさ」

「期待してるね」

毒島が黙って静かになった車内に、俺たち兄妹の会話が響き渡る。周りのハンターたちは、先ほどのギスギスした空気を気にして口を開こうとしない。そんな空気を気にせずに、俺たちは雑談を続けた。

小っ恥ずかしい会話をしている自覚はあるけど、今は綾の精神状態をよくすることを優先させたい。

そうこうしているうちに、輸送用の装甲車が集合場所に到着したのであった。

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