【第4話】スキャムな日常(創作ストーリー)

【第4話】スキャムな日常(創作ストーリー)
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なんとなく近寄りがたいお金持ち

西田から”師匠”なる人を紹介してもらう日。

今までにない経験だから、少し緊張していた。

「一体どんな人なんだろうな」

想像と期待は膨らむばかりだ。

周りに”お金持ち”といえるような人はいない。両親は普通のサラリーマンだ。いや、やや所得は低めの家庭だったと思う。

長男だからお下がりの服などを着せられた記憶はないけど、ゲームやマンガなどの娯楽には、あまりお金を使ってもらえなかった。ゲームは友達の家に入り浸ってやらせてもらっていたし、欲しい物をガマンしたことも多い。

大人になったらお金の面で苦労したくないと考えるようになった。だから、高収入の会社に入りたいと思ったし、それが就活のモチベーションになっていたのだと思う。

結果、それなりの会社には入れて良かったと思う反面、もっと違った生き方もあったのではないかと思う自分もいる。

“お金持ち”とは縁がなかったからこそ、未知の世界に足を踏み入れるような感覚を持っていた。

中学校や高校に入学するときのようなソワソワした感覚といえばいいだろうか。期待、不安、緊張が妙なバランスで混在しているような感じだ。

落ち着きのない足取りで、待ち合わせ場所のカフェを目指した。

ググってみたら、落ち着いた雰囲気でかなりオシャレなカフェだ。

普段の生活でカフェに行くことなんてない。コーヒーも「缶コーヒーで充分」というタイプだから、なおさら縁もなかった。会社の自販機にあるコーヒーも充分美味しいよ。そう思う。

そうこうしているうちに、待ち合わせ場所のカフェについた。

一人では絶対に入らないと思うような雰囲気だ。外観はちょっとレトロな感じ。入り口のドアを開けると「カランカラーン」という音がなる。

昔ながらのレトロな雰囲気がありつつも、店内は結構賑わっているようだ。シーンとした静かな店内ではなく、みんな和気藹々と談笑している。

あまりに静かな雰囲気だと、緊張して間が持たなそうだから、賑やかそうな雰囲気の店内を見て少しホッとした。

あたりを見渡すと、西田がこちらに気づき手を振っている。まあ、あいつの帽子が目立つから、こっちもすぐに発見できたと思うけど。

席に近づいていくと、西田の他にもう一人座っている。この人が西田の言ってた”師匠”か。たしか名前は”井口さん”だったかな。どんな人なのだろうか。

席に座る前に、西田が師匠を紹介してくれた。

「緒方さん、はじめまして。井口 直哉(いぐち なおや)です」

「は、はじめまして!緒方です!」

ちょっとテンパって、声がうわずってしまった。

西田が簡単に井口さんを紹介してくれた。

「前にも話したと思うけど、井口さんは複数の事業を手掛けている事業家の方で、投資にもすごく詳しいんだよ」

複数の事業って、一体なにをしているんだろう。事業で成功している人と、こうして話す機会があるなんて、なんだか不思議な気分だ。それにしても緊張する。

そんな俺の気持ちとは裏腹に、西田はいつもの調子で話しかけてくる。

「立ち話もなんだから、座って座って。そうだ、飲み物はなにがいい?」

「ホットコーヒーにしようかな」

西田は井口さんの年齢を「30代」と言っていたはず。見た目から推測すると30代前半だろうか。童顔な顔つきで、ヒゲもない。

サーフィンなどをしているのだろうか。肌が黒く、健康的な日焼けをしている。

服装はかなりギラついている印象。ブランドものの服とバッグ。よく見ると靴もブランド物か。どれも高そうだ。

まさにテレビで見る”ザ・お金持ち”という感じだ。

まあ、お金持ちにもブランド品でコーディネートするギラついたタイプと、ブランド品には興味を示さない倹約家タイプがいるように思うけど。

どうやら井口さんはブランド品を持つギラついたタイプのようだ。ギラついたタイプは、なんとなく近寄りがたい。

そして、完全にパッと見の印象だけど、なんとなくうさんくさい印象を受ける。

「西田君から話は聞いています。学生時代からのお友だちなんですね」

「そうです。高校時代からの同級生です」

「それは素晴らしいですね。私は学生時代の同級生とはほとんど会わなくなってしまったので、お二人のような関係が羨ましいです」

お世辞なのだろうが、そう言われて悪い気はしなかった。お金持ちに羨ましがられるなんて、ちょっとした優越感だ。

しかも気さくな感じで、思ったよりも話しやすいかもしれない。

「緒方さんは、どんなお仕事をなさっているのですか?」

軽い雑談をした後に、井口さんが仕事の話をふってきた。

「そうですね、ひと言で言うのは難しいんですけど。ひらたく言うと、会社の雑用全般という感じですかね。資材を運んだり、備品を管理したり、クレーム対応をしたり。会社のなんでも屋という感じです」

「それは毎日忙しそうですね」

「そうかもしれません。違う部署に異動したばかりなので、慣れない業務に四苦八苦しています」

「それは大変ですね。会社の人間関係は、問題ない感じですか?」

井口さんから、答えにくい質問が飛んできた。

「あ~……実は上司とうまくいってないですかね。お恥ずかしい話ですが」

なんとなくウソをつくのは失礼な気がして、本音を話すことにした。

「元々はマーケティング関連の部署にいたのですが、そこから総務部に移動になって。総務の仕事が慣れてなくて大変というのもありますけど、直属の上司がすごく高圧的で、おまけに全然仕事もしなくて。もう全然反りが合わない感じでして。最近は『なんのためにこの仕事してるんだろう』って考えちゃいますね」

「それは大変でしたね」

「愚痴っぽくなってしまってすみません。世の中には自分のような悩みを持っている人なんて沢山いるのに、なんだか情けないです」

せっかく西田が師匠を紹介してくれているのに、いきなりネガティブなことを言ってしまった。

「そんなことはありませんよ。辛さなんて本人にしか分かりません。誰がなんと言おうと、自分が辛いなら、それは辛いことです。自分の心をすり減らしてまで、無理する必要はないですよ」

井口さんが優しく返してくれた。その優しさにウルッときてしまった。

「それに緒方さんみたいに人間関係に悩むのは仕方がないことなんです」

「えっ、どうしてですか?」

「会社の人間関係なんて”ガチャ”ですからね」

「ガチャ…ですか」

「そうです。ガチャです。なにが出るか分からない完全な運ゲー」

井口さんはそのまま話を続けた。

「会社の人事は、権限のある一部の人しか決められません。入社して間もない新人は、上司や同僚を選べないわけです。配属先も上の命令に従わなければいけません。自分で何ひとつ決められない完全なる運ゲー。つまりガチャと一緒です」

「なるほど…」

たしかに、そのとおりだ。例外はあるかもしれないけど、ほとんどの場合は自分で上司は選べない。

「そんな条件下で働いているわけですから、人間関係のトラブルも起きやすくなります。上司目線でも気に入らない部下が出てきて当然なのです。嫌な上司は、憂さ晴らしのために部下を怒鳴りつけることがあります。緒方さんにも、心当たりがあるのではないですか?」

「あります…」

「そういうとき『お前のためを思って言ってるんだ』と言ってくる上司がいますよね」

「いますいます。うちの上司もそうです」

まさに、田島課長がそのタイプなんだよな。散々怒鳴ったあとに「お前のためを思って言ってるんだぞ」とフォローを入れてくる。

「あれは、ウソです」

「えっ?そうなんですか?」

それから、井口さんの口から予想もしていなかった話が語られていくことになるのであった。

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