【第6話】スキャムな日常(創作ストーリー)

【第6話】スキャムな日常(創作ストーリー)
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「営業=押し売り」ではないと言われても、いまいちピンときていない件

「日本人の多くは営業、セールスと聞くと”押し売り”や”強引な売り込み”のような印象を持ちます。でも、営業の本質って”相手の問題解決を手助けすること”なんですよ」

「はあ、なるほど」

どういうことなのだろう。「なるほど」とは言ったが、正直全然ピンときていない。

「イメージがつきにくいと思うので、例を出しましょうか。例えば、緒方さんは上司との人間関係で悩んでいますよね。もし、その問題が解決できる方法があるとしたら、知りたいですか?」

「えっ、知りたいです!」

「私が今まで培ってきたコミュニケーション術で、人間関係を円滑にできるテクニックがあります。周りの人にも試してもらいましたけど、9割以上は人間関係の悩みを解消できていました。100%解決するとは言えないですけど、実際に効果のあった方法なので自信を持っています」

「そんな方法があるなら、ぜひ知りたいです」

「ただ、この方法をマスターするためには、ちょっとしたトレーニングが必要なんです」

「トレーニングですか?」

「そうです。相手に対して的確なヒアリングをするというトレーニングです。ヒアリング力を向上させるために、1〜2ヶ月くらいはマンツーマンでトレーニングをする必要があるんです」

「なるほど。たしかに聞いただけで出来たら苦労しませんよね」

「そのトレーニングを私が直接指導するということになります。その方法だと、9割以上の確率でコミュニケーションの問題が解決します」

「それはすごいですね」

「ただ時間を割く以上、無料というわけにはいきません」

井口さんが直接指導するときって、どれくらいの料金が掛かるのだろうか。すごく高そうだ。

「正直言って、かなり高いと思います。企業のコンサルティングなんかだと、一回30万円ほどいただいています」

「一回30万円!?」

まるで次元が違った。想像以上だ。

「でも、もし仮に緒方さんに指導するということでしたら、西田君からの紹介ということもありますし、特別待遇でやりますよ」

「本当ですか!?」

「はい。一回3万円でいかがでしょう。これが限界ギリギリのサービス価格です。週1回ペースでトレーニングすれば、2ヶ月もあれば効果を実感できます。なので、トータル30万円弱になります。安い金額ではないかもしれませんが、長期的に考えたら大きなリターンがあるトレーニングですよ」

たしかにちょっとお高い料金だ。でも、そのトレーニングで今の悩みが解決するなら、決して高くはない。いや、長期的に考えるなら、むしろ安いのではないだろうか。

「お支払いも都度払いで大丈夫なので、負担も最小限です。もし、効果が全く実感できなかったら、お支払いいただいた料金は全額返金しますよ。完全にノーリスクで安心して取り組んでいただけます」

それはすごい!ここまで言ってくれているなら、やらなきゃ失礼だな。

「それなら、ぜひやってみたいです!」

「……という感じです」

「えっ??」

「今みたいなのがセールスですよ」

「あっ…なるほど……」

そういうことか。話を聞いていて、途中から違和感なく話を聞いてしまっていた。

「今のやりとりの中で、押し売りのように感じたところはありますか?」

「いえ、ありませんでした」

「緒方さんとはある程度の信頼関係が築けていたので話がスムーズでしたけど、実際の営業もやることは変わりません。信頼関係を築いて、相手の抱えている問題解決の方法を提案する。問題解決の手段として、商品やサービスを売るというわけですね」

「すごく分かりやすかったです」

「人は、なにかしらの問題を解決するためにお金を払います。”お腹が空いた”というのも、ひとつの問題ですよね。その問題を解決するために、飲食店があり、コンビニのお弁当があるわけです。人によって抱えている悩みは違うので、相手がどんな問題に直面しているのか、どんな悩みを抱えているのかを理解する必要があります。緒方さんの場合は、上司との関係に悩みを抱えていますよね。その問題を解決したいと思っているはずです」

「そのとおりです」

「では、押し売りに感じてしまう人は、なにをやっているのか。相手が興味を持っていないこと、つまり問題に感じていないことについて長々と話してしまうわけですね。例えば、商品説明。これが代表例と言ってよいでしょう。”相手がなにに悩んでいるか”を知ることが先なのに、多くの人は話したい商品説明をしてしまいます。相手からすると、聞きたくもない商品説明を延々と聞かされるわけです」

「たしかに聞きたくない話をずっとされるのは、かなり苦痛です」

「そうですよね。興味がない話は頭に入ってきませんから、完全に時間の無駄になってしまいます。これが押し売りに感じてしまうセールスマンの特徴です。相手目線で『この話は問題解決に繋がる』と思ってもらえないといけません。このあたりは多少技術が必要になりますが、訓練次第で誰でもある程度はできるようになります」

目からウロコが落ちた。今日だけで、いったい何枚のウロコが目から落ちたのだろうか。

「逆に悩みを解決できることであれば、人は喜んで話を聞いてくれます。さっきの緒方さんみたいに、ですね。でも多くの人は、このシンプルなことができません」

「それはなぜなのでしょうか?」

「簡単ですよ。人は、相手が聞きたいことよりも、自分が話したいことを話してしまう傾向があるからです。飲み会の席では、それがより顕著ですよね。みんな各々、自分の話したいことを話し続けると思います。結局、人間という生き物は、どうしたって自分を中心に物事を考えてしまうということですね」

井口さんの話を聞いてドキッとした。

散々、課長のグチを言ってるけど、自分も人のことは言えないのではないだろうか。

実際、課長のことをよく知らない。本当は陰でめちゃくちゃ働いているかもしれないし、なにか事情があるかもしれない。

そういうことを一切考えずに、自分の感情を吐き出してしまっている。

「なんだかお恥ずかしいです」

「なにがですか?」

「今まで散々上司のグチを言ってきましたけど、それってすごく自分中心な考えだったなと。上司のことをロクに知りもせずに、一方的に批判していました。もしかしたら、課長には課長の事情があるかもしれないのに」

「それは仕方がないですよ。どんな人だって完全に相手目線になることはできません。なぜなら、別の生き物だからです。頭にケーブルが繋がっていて、考えていることが丸わかりなら話は別ですけど。そんなことはないわけですから。自分が経験したことをベースに、相手の気持ちや感情を推測することしかできません。それは私だってそうですし、皆さんそうです」

「そうかもしれませんが…」

「大切なのは”相手を完璧に理解することはできない”ということを念頭に置いたうえで、相手を知ろうと努力することです。そうすれば、完璧に理解はできなくても、歩み寄ることはできます。知ったうえで『この人とはうまくやれない』と思ったら、離れる決断もできるでしょう。思考停止にならずに、相手のことを理解しようとする。そのうえで、自分でどうするか考えて決める。これが大切なことだと思います」

本当にそのとおりだと思った。見ている視点が全然違う。

これがうだつの上がらないサラリーマンとお金持ちとの差なのかと思った。

井口さんの話にガッチリ心をつかまれ、いつの間にか「本当にすごい人だ」と感じるようになっていたのであった。

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